96.12.20 神戸チキンジョージ

今年最後のチキンライブ、オープニングアクトは少年ナイフ。まずスタッフの人と思いきや奥野が登場し、紹介。長い間ゲストとしてラブコールを送っていたが、今回やっと実現したのだそう。シンガポールから帰ったばかりだとか。上着が白地にエナメルで黒の多きな輪を描いたもの、下はその反対、デザインは三人とも少しずつ違う服を着て登場した。なんともポップなバンドだ。

さてソウルフラワーは『向い風』からスタート。なんだかやけに短く感じたライブだったのでまず曲目を並べる:

向い風、月が笑う夜に、さよならだけの路地裏、宇宙フーテンバップ、ひぐらし(最初にジャズ風とスローな曲)
"ちんどん3部作"(満月、闇夜の太陽、あまの川)
メドレー(アマノガワ・フローズン・ギター、済州島打令、密陽アリラン、アリランのギター・インスト)
エエジャナイカ、 海行かば、 龍宮へようこそ、
アンコール: テル・ママ、アイヌ・プリ
スロー&ミディアムナンバー、そして洋子のヴォーカルが目だったように思う。これは10月の西部講堂のときにも思ったことでもあるのだが、この日は特にそう思った。アンコールのカバー曲『テル・ママ』なども余裕の感じられる演奏だった。そしてそれらがみな腰の座った、グルーブ感のある演奏になっていることをつけ加えたい。
それから、ファースト及びセカンドアルバムからの曲が『ひぐらし』と『アイヌ・プリ』しかなかった。やはり『エレクトロ・アジール・バップ』は新しいソウル・フラワー・ユニオンのファーストアルバムなのであり、それ以前の曲がなくても充分客を楽しませることができる、という自信の表れでもあるのだろう。

この選曲のもう一つの理由は、神戸の客は新しいファンが多い、ということと関係があると思う。ユニオン結成以降のファン、モノノケが活動を開始してからの広い年齢層のファンがライブ会場に足を運ぶため、必ずしも「ニューエストの××」「メスカリンの○○」を客に要求されないのである。そういう意味で、今彼らのやりたいことと客の要求が無理なく一致する場所が神戸である、ということはいえるのかも知れない。もちろん彼ら自身は「俺らもみんなもその場で一番盛り上がれる曲がやりたい」(JUNGLE LIFE 21. p. 5. 中川インタビュー)といっているわけで、最近のライブで『こたつ内紛争』がしばしば演奏されるのはそうした理由からなのだろうが。この日も『こたつ内』やるかな、と思ったら演奏しなかったので、そんなことを考えたりしたのだ。

最後にコリア民謡のメドレーについて。ヒデ坊と洋子によって歌われるこのメドレー(アルバムではゲストがうたっている)はまさに今のユニオンにぴったりの曲だ。これまでの他の民謡についてはどうも違和感をおぼえることもあったのだが、チンドン、チャンゴとロックバンドのつくるグルーブ感にこれらのコリア民謡はぴったりあてはまり、オリジナルのように聞こえる。というかカバーだとかオリジナルだとかいうことの区別が不必要な音楽の楽しさ、圧倒的なかっこよさがあった。モノノケではなくユニオンでこのメドレーをやったことの意味がそこにあるのだと思う。

ところで、「踊るスペースがあった」という前日のライブは客の入りも悪かったせいもあろうが「ぼろぼろやった」とか。ヒデ坊の肺炎、奥野倒れる、中川耳が一時聞こえなくなる、というアクシデントの続いたニューアルバムツアーの後の東京3days、関西3daysである。「このまま行くと死人がでるから」ライブはしばらくお休みで、ミニアルバムのレコーディングに入るのだそう。今年はモノノケの活動をあわせるとレコーディング、ライブ共に驚異的な量になっているはずである。本当に一旦休息して、また来春には新しいユニオンを見せてほしいなあと思っている。

余談:「きょうはちょっと持ち直してるねん。昨日のライブ見にきてくれた人、ほんまにごめんね」(中川)とか「今年は一月の長田つづら折りといい今日のライブといい、神戸で二回もすばらしいライブをやらせてもろて」(奥野)とかやけに客を気づかうような発言が目立った。
一方、会場がめちゃくちゃ暑く、曲の区切りになるとメンバーは後ろ向いてタオルで顔ふくし、客はしーんとなって「暑いー」などとばてていると、洋子が突然マイクを握って「あんたら、しーん、か?」などとアジる。ボーカルにパーカッションに、はては奥野のピンチヒッターでラジオ出演と、最近やけに元気な洋子さんである。

1996.12.22

魂花レビュー