97.08.23 Jizobon, Nagata, Kobe 97.08.23 震災犠牲者追善供養盆踊 (神戸市長田区)

おそらく去年と同じ「震災犠牲者追善供養盆踊」という看板には「3回忌」という言葉が書き加えられていた。開演より少し早い目に行き、自分の実家のあったあたりをうろうろしてみた。この辺りは新湊川に向かってちょっとした丘になっている。その崖にたっていた文化住宅なんかはどうなったのか、震災の直後はよく見ておく余裕もなかったのだが、今回見てみると崖自体がなくなってしまっていた。ということはそこにあった保育所もなくなったか引っ越ししたのだろう。一年たって家の再建はすすみつつあるようだが、ほんとうに風景そのものがすっかりかわってしまった。知っている犬を探したのだが、見つからなかった。たぶんこの辺りにいるかな、と思っていた空き地が団地に変身していた。

去年のライブは地蔵盆の前日、準備日だったのだが、今年は地蔵盆の一日目、子供たちが線香と袋を持って地蔵にお供えし、代わりに供え物のお菓子をもらい歩く日だ。むかしとくらべると全くさびしくなってしまっているだが、うれしいことはさすがに今年はライブ会場がどこか少しわかりにくい程度にはにぎやかになっていた。長田駅で降りた人達はすこし迷ったことだろう。来年も行く人のために、最寄り駅は地下鉄長田ではなく上沢(西出口)だということを記しておこう。

第1部は7:30:30、灘みやこ(おそらく長田出身か)のうたをはさんで、第2部は趙博の三曲からはじまって9:300:30すぎまで。だいたいいつも通りの曲だったが、ヒデ坊が長田でつくったという「あまの川」のモノノケバージョン、同じくヒデ坊のチャンゴが鋭く、おそらくこの日最高の演奏だった「密陽アリラン」、今度ソウルフラワーと共演する田端義夫の持ち唄(らしい)「十九の春」あたりがめずらしいだろうか。被災地ライブでよくリクエストされたのがこのバタやんだったそうだ。去年もこの沖縄の曲「十九の春」が演奏され、ぼくは大好きな曲なのでうれしかったのだが、そういう事情があったのか。ところで最近気になっているのは、なぜ「トラジ」を演奏しないのかということだ。「レヴェラーズ・チンドン」にも入っておらず、いぶかしくおもっていたのだが、とうとうこの日も演奏されなかった。

見物客で昨年と大きく違うところは、かなり宣伝がいきどどいていたらしく、一番前で踊り場を見ると長田のいつもの顔じゃなく、いつものソウルフラワーのライブで前で踊ってる連中の顔ばかりだったことだ。多少複雑な気持ちになった。だんだん大きなイベントになるのかもしれない。テレビ局らしいカメラが入っていると思っていたら、放映予定があるという。

それにしても、「長田はいま一番好きなところ」というヒデ坊はともかく、終始うれしそうな表情の中川がすごく新鮮だった。MCさえ「きょう俺らは何をしにきたのかというと、それはCDを売りに来たのかもしれへん」とちょっといつもと違うのだ。「満月の夕」はヒデ坊の「いろんなとこでこの曲やったけど、やっぱり長田で演るんが最高やね」ということば通り、ぼくが聞いた中でも最高の部類の演奏だった。

ひさしぶりに奥野のシャウトが聞けた「さよなら港」で終わらせてもらえず、アンコールは当然「アリラン」。ステージにヒデ坊がみあたらないので「??」と思っていると、なんと踊り場に降りてきて踊り始めた。見物客は狂喜し、ぼくは思わず目頭が熱くなってしまった。さらにアンコールの声高く、「次の灘さんが待っているから」と帰りかけたメンバーを小西のおっちゃん(主催者)がステージに押し返しての「トゥルルンテン」。ヒデ坊「小西のおっちゃんが三年分のおこづかいくれたから、来年も再来年も来ます」。いつまでも続けてほしい地蔵盆である。

1997.8.24 中山貴弘

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