「限界的練習(deliberate practice)」とは何か―アンダース・エリクソン「超一流になるのは才能か努力か?」


これは練習の「方法」ではなく、練習の「方法論」に関する記事です。楽器に限らず、スポーツでも、ゲームでも、なんなら仕事や勉強でも、使える方法論で、もちろん超一流になる気がなくても、上達はしたいですよね。そんな人に役立つ考え方では。

昨年来フィドルの練習で非常に参考にしているサイトFiddleHedには、しばしばdeliberate practiceということばが出てくる。

Fiddling On The Golf Course (FiddleHed)
https://fiddlehed.com/fiddling-on-the-golf-course/

この英語で検索しても、日本語の説明がなかなか見つからず、このことばの意味するところが理解できたかどうか心許なかったのだが、提唱者であるエリクソンの著書に日本語訳があることを知った。

アンダース・エリクソン「超一流になるのは才能か努力か?」

本書でdeliberate practiceは「限界的練習」と翻訳されている。練習は長時間やればいいというものではなく、常に「居心地の良い状態(コンフォートゾーン)」を少しだけ上回るものである必要があり、トップの人はそれを続けているというのが、その核心だ。

フィドルの練習に引きつけて、冒頭に出てきたサイトのJasonが常に言っていることをまとめると、
・曲を最初から最後まで弾く練習はお勧めしない。
・できないところを見つけ出すこと。
・それをゆっくり、分解して、弾き方を変えて(例えば弓の向きを変えたり、スラーを2ストロークに変えたり)、何度も繰り返し練習し、「なぜできないか」「どこができないか」を発見すること。
・難しいところと弾けるところを行ったり来たり、常に自分の「エッジ」で練習すること。
・長時間やればいいというものではない。集中できる時間は限られている。

練習には、1万時間の法則というのもあって、音楽であれスポーツであれチェスであれ、超一流になるために必要な時間は1万時間だというのだが、エリクソンは否定的である。練習は長ければいいというものではなく、限界的練習であることが必要だと。

では、どうすればコンフォートゾーンを少しだけ上回る練習を続けられるのか?よき指導者に恵まれているならば、そのように仕向けてもらえる。また良い仲間がいるのもいい条件だ。が、指導者や仲間が24時間見守ってるわけではなく、結局自分ひとりでやる必要がある。

そうやってひとりでやり続けられるのは、やり続けられること自体が生まれ持った才能だと思ってしまう。自分もそう思ってた。しかし決してそうではなく、それをさせるものは「意欲」だと著者は言う。最後には「夢を追いかけない理由はない」というのがエリクソンのメッセージで、とても勇気づけられる。

余談1:このことば、日本ではあまり知られていないのかもと思っていたが、いま「限界的練習」で検索すればいくつも日本語での紹介ページがヒットした(「集中的訓練」という訳語もあった)。しかし、deliberateは「意識的な」というような意味で、そう考えた方がわかりやすくないかな。つまり、練習は漫然と長時間続けるのではなく、動作のすみずみまで意識的に行うことが必要なのだと。

余談2:ビートルズが一流になったのはハンブルク時代に1万時間ライブをやったからだという説があるそうだが、現にマーク・ルイソン(ビートルズ研究者)が「1万時間もやってない」と否定してると、本書では紹介されている。

ビートルズについてこれ以上詳しく書いているわけではないので、ぼくの推測を付け加えると、ハンブルク時代に実力をつけたのは間違いないと思うが、その理由は回数をやったからではなく、客の好みにあわせたレパートリーを次々追加したりといった工夫をやりながらライブを続けたことがよかったのではないだろうか。「Let It Be」の映画なんかみたら、ビートルズのライブ演奏力が半端じゃないことがわかるけど、基礎をこの時代に培ったのは間違いないと思う。

演奏だけじゃなく、後の作曲もそう。ツアーのごたごたの合間に、常に〆切に追われながら作り続けることを余儀なくされた。その出来栄えが素晴らしいというのは才能としかいいようがない気がするが、もうひとつ間違いないのは、ジョンとポールが協力者でありライバルでもあったこと。新曲発表のプレッシャーに加えて、これがあったからこそ、二人して技能がどんどん上がっていったし、意欲が衰える心配もなかったのだろう。

余談3:英語だが、この記事がdeliberate practice(限界的練習)を詳しく解説している。

The Most Valuable Lesson I Learned from Playing the Violin (Noa Kageyama)
http://www.creativitypost.com/arts/the_most_valuable_lesson_i_learned_from_playing_the_violin
内容もさることながら、冒頭ジョークが面白い。「カーネギーホールへはどうやって行けばいいですか」と尋ねたら、タクの運ちゃんが「練習、練習、練習」と答えたという。その練習は限界的練習である必要があるという話ですね。(違うかも)