私は駆け出しの綱渡り/中山ラビ再び


以下の文は数年前にネット上で発言した内容の載録です。そこで1980年頃に 書いていた拙文を紹介した少し後に、一応新たに書き下ろしたものです。 なお本文中でサンデー・デニーはサンディー・デニーの誤りです。 (1996.06.07) @T.K.生
 前回 [中山注:別項「まるで女だね」] はかつて1980年頃に書いた文を再掲載したものが殆どでしたが,ここで はそれを省みる形で述べてみます.今から考えても少なくとも日本の女性アー ティストで,彼女ほど典型的なフォーク・シンガーあるいはフォーク・ロック の分野での歌手は殆どいなかった気がしています.もちろん,そもそもフォー クやロックと言う分野の音楽がなくなってしまった…のような大きな時代の変 化の中では当然かもしれませんが,当時「とうとう日本でもこうした歌い手が 出てきたのか」とラビさんに感じたのは,単に感性だけの問題ではなくそれな りに必然性があったんだと,最近CDとして聞き返してみて思います.それ以 前には風子ちゃん(これまた最近サンデー・デニーに歌い方が似ていたんだな と思ってます)の‘悲しみのアルトヴォイス’に惹かれたことはありましたが, 時代と共に生きる女性の歌い手は私にとってはラビが初めてだったし,それ以 降もついに出なかったのです.

 当時特にスラッピー・ジョーと共にやっていた頃,ラビを形容して「日本の 女ボブ・ディラン」とありましたが,私はむしろワンパターンながらも説得性 のある声と歌い方はニール・ヤングに似ていると思ってました.またラビのア ルバムの中でどの当たりをベストとするかで,私はやはり2枚目・3枚目が不 満点はあったにしても“中山ラビ節”を築き時代に存在を示して今に残るもの だと思っていますが,その2,3枚目がベストのアーティストと言う意味では ジャクスン・ブラウンと共通するものがあります.こじつけに聞こえるかもし れませんが,歌うことの必然性を結晶させたものは1枚目から3枚目までに現 れやすい同種の結果なのかもしれません.

 歌うことに慣れることにそう器用でなかった中山ラビは,「私は駆け出しの 綱渡り‥‥‥」と大分後の時期でも歌っていましたが,本当に駆け出しではな いと思い出してしまったこと,かと言ってシンガーとしての新らしいスタイル を結局築き得なかった時点で,ラビが唄歌いである必然性もなくなっていたと, 今にして思います.上記ニール・ヤングやジャクスン・ブラウン,そして友部 正人や豊田勇造(私は彼の近年の活動は知らなかったのですが)達が今もそれ なりに歌っているのに比べれば残念ではありますが,その点も含めてラビさん は“女”だったんだなあとも思います.

 随分遅すぎた挨拶でありますが,Good-bye Rabi!

(1996.06.07) @T.K.生 HGD03700@nifty.ne.jp


上記文章は 1999.2.17 に投稿していただきました。
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