キム·トゥットル 김뜻돌 Meaningful Stoneの録音物を年代逆順に聴く(3) 2020年


2020年、キム·トゥットルはクラウドファンディングでフルアルバム 꿈에서 걸려온 전화 (A Call from My Dream, 夢からかかってきた電話)を制作している。

このアルバムは、というかそもそも彼女のことは、「またホンデで会おう〜韓国インディ音楽通信〜第3回 Best Korean Indie Albums for The Second Half of 2020」という記事で知った。初めてタイトル曲を聴いた時ぼくは「洋楽っぽい」とメモしている。何かで見かけたこのアルバムのタグが、「インディー・ポップ」「ドリーム・ポップ」「チェンバー・フォーク」などであったと記憶しているが、その他アシッドフォークとかシティポップとかブラジリアンとかジャズとかも加える必要がある。本人も自分の音楽にはジャンルがないと言っており、相当色々な音楽を聴いてきた人なんだろうなあと思う。

では順に聴いていこう。

Tr. 1 꿈에서 걸려온 전화 A Call from My Dream

イントロの印象的なアコギから最後の機械音まで、完璧な構成。リズムアレンジが緻密で、3/8(3拍子)と6/8(2拍子)と12/8(4拍子)と3拍子または3連系のリズム感覚が全部入っている。韓国の伝統的なリズムは騎馬民族由来の3拍子だという話を聞いたことがあるが、このアルバムはTr. 3まで3拍子/3連系で、さらにTr. 4は最初4拍子なのに途中から3拍子になる。

彼女は毎日夢をみるという。歌の意味は歌詞だけでは分かりにくいが、現実で悩んでいると夢から電話がかかってきたということのようだ。その電話は「雨が降る日もいつもいつも / すごく悲しい日もいつもいつも」あなたを愛している、あなたを見守っているという、自分自身の無意識からの呼びかけだ。ビデオは水中シーンが幻想的。この人、「自分は水の中で目を開けたことは一度もなかった」といっているのが面白い。

Tr. 2 이름이 없는 사람 Nameless

わらべ唄か民謡風なメロディとリズム。「名前のない人が旅をする」という、象徴詩のような歌詞。

私を探すな
もう君のそばにいるものを
私を見ないで
それは私じゃない

アコギ中心にカホンやタブラのようなパーカスとウッドベースを使用し、コーラスをたくさん重ねたアレンジが、芸が細かい。ブリティッシュトラッドっぽいテイストがある。ビデオはアルバム収録版とは違う録音だが、アレンジはおおよそ同じ。

以下ビデオのリンクがないものはYouTubeのプレイリストまたは先にあげたSpotifyのリストでスタジオ録音を聴いてほしいという意味。

Tr. 3 작은 종말 (feat. 정우) Small death (feat. Jungwoo)
「小さな終末」は絶交した親友のことを歌っているという。太陽と月がそれぞれ相手のことを想って順に語る、まるで神話のような歌詞。チョンウの異質な声が出てくる2コーラス目がとても効果的。クラシカルなチェロの使い方もいい。これもブリティッシュトラッドっぽいなあと思う。

チョンウとのライブ映像もあるが、この曲はスタジオ録音でどうぞ。

Tr. 4 나빗가루 Butterfly dust

高校生の時に作った、一番古い歌だとのこと。アシッドフォーク的な印象があるが、実際「この薬を飲んだら大丈夫」という歌詞。タイトルは「蝶の粉薬」という意味だろうか。上のビデオは2017年発表。演奏の雰囲気はアルバム収録版とほぼ同じなので掲載した。

Tr. 5 아참, Ah,

アストラッド・ジルベルトがワルター・ワンダレイと組んだようなサウンド。アルバムに収録されたのはデモテイクだと言っているが、ベーシックトラックを流用したということだろうか。ビデオの録音とはあちこち違う。
タイトルは「あ、そうだ」という意味らしい。「ついでに言うと」と、さらっと厳しい言葉を付け加えるので、笑ってしまう。これをカフェミュージックにのせて歌うのが、すごく皮肉。「フェミニスト」という歌詞を使ったら叩かれるんじゃないかと友達に心配されたけど、意外に男性ファンにも気に入られているとのこと。

彼女は君より
背が高くてハンサムな女の人が好き
あ、そうだ
それに彼女はフェミニスト

韓国でフェミニズムやクィアの運動が盛んになって来た時期に大学生になった彼女は、授業でフェミニズムに関心を持ったり、クィアサークルを作ろうとしたが大学側に受け入れられなかったとのこと。(という、通っていた大学からのインタビュー記事があったのだが、現在アクセスできない)

Tr. 6 보물찾기 Treasure hunt
塾をサボってキックボードに乗ったりローラーブレードに乗ったり、「宝ものを探しに行こう」という活発な子供時代の歌かと思いきや、小さな頃は人に言えない秘密があったという内容らしく、どうも気がかり。
シティポップ風の演奏はクレジットによるとギター以外パク・ムンチによるワンマンバンド。パク・ムンチは韓国で流行している「Newtroムーブメントのトップランナー」とのこと。

Tr. 7 성큼성큼 Footsteps
曲調はアルバム中唯一の普通のロックだが、歌詞は難解で油断できない。ボードレールを思わせる「悪の華」ということばは、相手が隠している嘘のことらしい。

Tr. 8 삐뽀삐뽀 Beep-Boop, Beep-Boop
人気曲。タイトルの「ピポピポ」は発音の通りパトカーか救急車のサイレン音。親元から離れてひとり暮らしを始めたり、大きな事故があったり、ふと自分がいつ死ぬか分からないと不安になって作ったとのこと。
チルなキーボードとドラムのサンプリングで始まる、ディスコロック風の演奏が素晴らしい。特にリズム隊がうまい。

Tr. 9 실패하지 않는 사랑이 있나요 As if
一聴まるでジャズスタンダードを歌うビョークのようだと思ったが、多分正解で、ビョークのファンらしい。インタビューで言及していたり、ビョークが表紙の雑誌i-Dを持った写真をインスタにあげたり、同じくインスタには Venus as a Boy を弾き語りしているショートムービーがある。声というか歌い方も結構似てないだろうか。ビョークの影響はアルバムのTr.2にも出ていると思う。「死ぬ前に会ってみたい歌手」との発言もある。

Tr. 10 샤워를 해야해 Shower duty

「ピポピポ」が発表される前、一番人気のあった曲だとのこと。アルバム版はボサノバが最後、倍テンポのサンバになるところが楽しい。ビデオは2017年発表、12/8拍子の弾き語りで、中間部にメロディオン(韓国でもSUZUKIが人気?)が入ってシャンソン風のワルツになる。

Tr. 11 삐뽀삐뽀 (2018) Beep-Boop, Beep-Boop (2018)

このビデオが人気ユーチューバーにレコメンドされて有名になったそう。アルバムにはビデオの音源を少し編集して収録したのだと思う。ビルの屋上で撮られた映像は歌詞の内容に沿っているとはいえ、まさかほんとに屋上の縁に立って踊ったのだろうか。
演奏はほぼ自身によるもののようで、Tr. 8と比べてグルーヴ感には劣るかもしれないが、これはこれでいい。子供の遊ぶ声に救急車のサイレンが入ってくるSEで始まるところがかっこいい。

以上でアルバム解説は終わり。この年はアルバムの他にコンピ収録の ‘개 (the dog)’ とシングル ‘어른이 된다면 (If I Grow Up)’「大人になれば」を発表している。

어른이 된다면 (If I Grow Up)
スタジオ版はドラムレスだけどグルーヴ感があって、スライドギターが特徴的。ここではYouTubeにあがっている野外演奏の映像がサーフロック風で面白いのでおすすめしたい。
김뜻돌 – 어른이 된다면 (LIVE) 2020.5.18

개 (the dog)
2021年の ‘실 (Thread)’というコンピに収録。YouTubeはおそらく同じ録音で、コンピに収録するとき少し音を整理したのだと思う。別れを扱った「わたしは犬」というすごく暗い歌詞で、この頃の活躍ぶりからはちょっとかけ離れている印象がある。
개 (the dog) – 김뜻돌 2020.1.23

最後に2020年4月、コロナ禍真っ最中の配信ライブをどうぞ。

[Live Stream] 김뜻돌 Meaningful Stone | Show Must Go On VOL.4

演奏が始まるのは30分ほどしてから。リラックスしたライブで、キーボードとMCはパク・ムンチ、ギターがカン・ウォンウ、リズム隊はおそらくTr.8の演奏者。アルバム収録曲や既発表のシングル曲が違うアレンジで聴ける。

<参考>
김뜻돌 정규1집 <꿈에서 걸려온 전화> 제작
https://tumblbug.com/meaningful_stone
クラウドファンディングのページ。全曲のコメントが載っている。

[Super K-Pop] Meaningful Stone (김뜻돌)’ Full Episode on Arirang Radio!
https://www.youtube.com/watch?v=40UdEoVK6Jc
英語インタビューで、かなり色々な情報が得られた。

(2022.12.1記; 12.4アルバム以外の記述を追記)