奪われた声を世界に届けるにはーイ・ラン「患難の世代」
BTS の Permission to Dance のMVにデビュー前のNewJeansのメンバーが出ているというので観てみた。
BTS (방탄소년단) ‘Permission to Dance’ Official MV 2021/07/09
いい曲、いいMVだなあと思う。コロナを象徴する(注1)という無数の紫の風船が、空高く飛んでいくラストには感動してしまった。しかし無条件に感動できないところがある。それまでマスクをしていた人たちが、途中でマスクをパッと放り投げて踊りだすところだ。
踊るのに許可は要らない。労働者であろうと、マイノリティであろうと、子供であろうと。この解放のメッセージは、すばらしい。マスクを外すのにも許可は要らない。しかし統計の検証と弱者への配慮は必要だ。サミットまでにマスクを外させるためという非論理的な理由で政府がコロナの扱いを変更し、反ワクチン・反マスクが反福祉・マイノリティ排斥・新自由主義礼賛と直結している国にぼくは生まれ住んでいるので、BTSのMVの楽観的な解放感には心動かされつつも賛成できない。
ここで思い出したのが、イ・ランの「患難の世代」のMVである。
이랑 (Lang Lee) – 환란의 세대 (The Generation of Tribulation) (LIVE) 2021/04/17
コロナ禍真っ最中の2021年4月に発表された、このMVの示すところは明らかだ。聖歌隊風の黒い服で黒いマスクをつけた女声合唱団がひな段に並び、マスクをしたままでコーラスをしている。女性であることで抑圧された声、また経済危機を経てさらにCOVID-19で抑圧された若者の声の象徴であろう。その姿で整然と歌う合唱団はしかし、歌詞の転調部で様変わりする。手拍子とステップが合唱に付け加わり、各自が自分を表現し始める。ひな壇に乗ったまま。マスクをつけたまま。やがてコーラスに悲鳴が混ざっていき、最後は全体が悲鳴になってビートルズの「A Day In A Life」のような混沌状態で楽曲が終わる。マスクをつけたまま。
歌詞の転調部と述べたのは、こういうくだりだ。友達とまた会う約束は果たせるだろうか(約束できないくらいなら、みんなで死んでしまおうよ)と、前半でこの世のあてのなさを嘆いていた歌い手が、なぜか突然「わたしたちが先に死んでしまえば、仕事の心配もないし、お金の心配もないし、泣くこともないし」と叩きつけるように歌い出すのだ。さらに「首をくくらなくてよく、焼身自殺を図らずともよく、リストカットもオーバードーズもしなくて済む」と主張は激しくなり、最後は「滅亡だ、サイコーだ、すっきりだ」と締めくくられる。
この曲は「中二病の歌」と揶揄されるというのだが、一方、自身の別の曲(의식적으로 잠을 자야겠다, 意識的に眠らないと)で歌っているように「これが愛の歌だということを友人達は知ってる」。この社会で若者の受ける苦しみを映像で表すと、マスクの若者たちがひな壇で踊りながら歌ったあげく、悲鳴をあげて混沌に至る内容になった。そんな風に表現するイ・ランは、やはり優しい人なのだと思う。後に、自身の姉の自死について、「姉の選択を支持し、理解する」と述べた(『文藝』2022年春号「母と娘たちの狂女の歴史」の追記)ことを併せて考えると、胸がつまる思いだが、やはりそう思う。
「患難の世代」の他に、もうひとつ、イ・ランによる奪われた声の表象がある。こういうものだ。
이랑 늑대가 나타났다(オオカミが現れた)
ソウル歌謡大賞受賞式でのライブに手話通訳や字幕をつけてくれないのを逆手にとって、なんと合唱隊はハンドサインで「差別禁止法!今!」と表現しているらしい(注2)。字幕はなくても身振りははっきり映っている。最近K-PopのYouTubeを見ていると、たいてい字幕がついており、音が聞こえない人だけではなく、韓国語学習者にもうれしいなと思っているのだが、ともかくもこのステージではそうしてくれなかったのだそうだ(注3)。
冒頭にあげたBTSのMVは優しい。国や階級や民族や性別や年齢を包摂する、グローバルな、国連的な、優しさだ。一方、イ・ランの優しさはグローカル、つまりローカルだがその射程は国や世代や社会的に存在する様々な差異を超えていくようだ。
(2023.2.4記)
1.「Permission to Danceのメッセージ解説!制約を超え、万人に希望を与える曲(KPOPと韓流ドラマが大好き!さこまよのK沼日記)」を参照
https://kpop-kdrama.net/permission-to-dance/
2.「イ・ラン『オオカミが現れた』の歌詞に見る「連帯」の力(山本大地)」を参照
http://turntokyo.com/features/lang-lee-ookamigaarawareta/
3.「가수 이랑이 차별금지법을 고척돔에 쏘아올렸다」より
https://www.khan.co.kr/culture/culture-general/article/202201271542001“手話パフォーマンスは聾人のためのハングル字幕も手話通訳も提供されず、授賞式に対する聾人のアクセス権が劣悪な状況で誕生しました。”
付録
[MV] 이랑(Lang Lee) – 환란의 세대(The Generation of Tribulation)
こちらは合唱版とはまた違った、ニューシネマ的なよさがあるMVだ。2人乗りのオートバイ。後ろに乗った男の子が、運転する男の子を目隠ししている。危ない。この状態で競技場のトラックのような道を走り続けるというだけのMVだ。この世代の若者たちは目隠しをされてオートバイを運転させられるような人生の苦しみを受けているのだという解釈では、説明が足りなさすぎる。なぜなら、後ろに乗っている子が始終うっとりとした表情で、運転する子に寄りかかっているからだ。そして運転する子が目隠しされた状態で何か叫ぶ。ひと昔前の韓流ドラマなら「サランヘ!」などと言ってそうだが、そういう口の動きとは違う。誰かわかる人、いないかな。
[MV] 이랑(Lang Lee) – 의식적으로 잠을 자야겠다(I Want to Sleep Willfully)
これはミニマリズムのアニメがいい。眠れない夜ってこんな感じじゃないでしょうか。
[Official Audio] 이랑 (Lang Lee) – 삶과 잠과 언니와 나 (PRIDE)
お姉さんの一周忌にあわせて発表された追悼曲。