アイリッシュ・フィドルの教本類


アイリッシュ・フィドルの教本を探したいなら、「アイルランド音楽の楽譜や教則本」というウェブ記事がある。非常に網羅的な内容なので、ご一読をおすすめする。ここでは、自分なりに少しだけ情報を付け加えてみたい。なお書名の最後にサイズとページ数を書いてあるのは、通販で買って本棚に入らなかったら困るからである(体験談)。

(1) 教本
Ó Am go hAm = From Time to Time : Tutor, Text and Tunes / by Tommy Peoples (30 cm, 383 p.)
https://www.tommypeoples.ie/the-book/
入手の件は別記事に書いた。相当使い倒しているのと、本が超重いせいで、綴じ糸が緩んできてしまった。
数えたところ教則編72曲、自作曲編130曲と、かなりの数が収められている。教則編はキーごと(D G … Eb(!), Bm Em … Gm(!))に曲が載っていて、順番にやるのはある意味退屈だし、難易度順がやや度外視されているので、メジャーキーの次は平行マイナーキーとか、自分で工夫して読んで行った。
トミー・ピープルズの解説は時に非常に詳細で、彼の音楽観などもわかる良書だと思う。おすすめする(残念ながら、著者サイトでは売り切れのよう)。
ボウイング指示がある曲は一部だが、例えば弓を止めて弾きなおしたりするような、トラッドでは特殊な指示もあって、参考になる。

(2) 採譜本
Bowing Styles in Irish Fiddle Playing ; vol.1-3 / by David Lyth
印刷物が販売されていたこともあるようだが、著者サイトからPDFが公開されている。
http://davidhlyth.co.uk/irish-fiddle-music/
ボウイングに関する研究書と言える趣の本。コールマン、モリソン、キロランというSP時代の大家、そしてシュリーヴ・ルークラのフィドルマスター達などを対象に、膨大な録音物から採譜され、全てにボーイング指示をつけたもの。
著者は、オリジナルレコーディングを25%のスピードで再生して採譜したという。初版が1981年とのことで、当時の再生機器では音程もスピードに合わせて下がったのではないのか?そんなことを疑問に思ってたのだが、25%にすると音程がちょうど2オクターブ下になる。だからそれで採譜に支障なかったのだろう。実際、Aural Player というMac用のソフトでピッチシフト連動の1/4スロー再生をやってみたら、コントラバスみたいな音になって、かえって聴き取りやすぐらいだった。
ボーイング指示には疑問や批判もあるようだが、それぞれの奏者の特徴が明らかにされていると思う。例えばその奏者の傾向として、トリプレットをダウンで弾き始めるかアップか、わかる。

Trip to Sligo / by Bernard Flaherty (22 cm, 184 p.)
https://www.colemanirishmusic.com/product/trip-to-sligo/
この地方の様々な楽器の演奏者による、おそらく生演奏とか、個人録音も含むソースから採譜したと思われる曲集。各奏者のプロフィール以外には特に情報がないのが残念。また各譜例にはかろうじてロールの記号がついているだけで、例えばどの曲とどの曲がセットで演奏されたというような解説もない。
マット・モロイによる前書きに、本書に採録された演奏者の中にはつい最近(1990年)亡くなった人もあり、記録が急がれるというようなことが書いてあった。

Fiddlers of Sligo : Tunebook / by Oisín MacDiarmada; Daithí Gormley (31 cm, 96 p.)
https://sligofiddle.bigcartel.com/
「Sligo Fiddle Project」の一環としての出版物。プロジェクトのFBページによると、2017年にスライゴーフィドルの伝統に脚光を当てる1か月の音楽プロジェクトがあって、ワークショップとかコンサートが開かれたそう。
この本の第1部はダヒ・ゴームリーによる移民の歴史等の背景解説文。以後はオシーン・マクディアマダによる採譜で、22人のフィドラーによる52曲を収録。奏者ごとにバイオグラフィーと奏法の解説があり、かつ1曲ごとに解説つき。
第2部はスライゴー出身の移民フィドラー達の音源の採譜。Lythの本とは基本的に重複がないように考えたのではと思える(キロランのMcGovern’sは重複)。そしてコールマンら3大家以外のスライゴーフィドラーが数多く紹介されている。
第3部はスライゴーにとどまったフィドラー達の音源の採譜で、前掲 Trip to Sligo が恐らく演奏者たちの生前に採譜された譜例集であるのに対して、こちらは物故者のみを扱っている。
全部の譜例に音源が明示されている点が特徴。ボーイング指示はない。装飾音は「ロール」などの記号ではなく、すべて音符として指示されている。典拠となった音源はラジオ放送やプライベート録音も含み、発売されている音源とは限らないのがやや残念(ITMAに行けばあるのかもしれないが、探した限りネットでは聴く手段がない)。その代わりなのだろうか、上記のFBページで著者達による演奏動画が公開されている。

冒頭に他ブログの記事を紹介したが、そこで一番に紹介されている The Irish Fiddle Book / by Matt Cranitch (31 cm, 187 p.) はマストだと思う。拙記事が「その次に何をやるか?」という人の参考になれば幸い。

The Irish Fiddle Book – Matt Cranitch
とりあえず、この本から。なお、ここで演奏されているフィドル・スタイルは、次の音源が参考になります。

Kerry Fiddles – Padraig O’Keeffe, Denis Murphy and Julia Clifford
このCDの最後に収録されている Johnny When You Die を Matt Cranitch が演奏している動画がありました。

Rolling on the Ryegrass Medley – Jackie Daly and Matt Cranitch at Augusta Irish Week 2016