トミー・ピープルズ追悼


トミー・ピープルズの訃報を知ったのはツイッターだった。すぐにニュースソースを確かめて、知り合いでもないのに喪失感はおかしいとか思いつつ、なんとも言えない気持ちでタイムラインを眺めていた。実はついこないだ著書を買ったばかりで、ご本人のサイン入りで送られてきて、感激してたところだったのだ。

Ó Am go hAm – From Time to Time: Tutor, Text and Tunes by Tommy Peoples. Self-published, 2015. http://www.tommypeoples.ie/the-book/

(写真:右が著書。左は大きさ・分厚さの参考までに)

いまそのサインをみると、今年6月の日付となっている。几帳面そうな字だ。


(写真:標題紙)

昨年の夏からフィドルを弾いている。初めての楽器なので、バイオリンやフィドル音楽に関する情報を色々と調べているうち、ふと、そういえばトミー・ピープルズはどうしてるんだろうかと思った。というのも以前読んだある本(注1)に、電話もない家で世捨て人さながらの生活を送っていて、新しく出したCD(Quiet Glen)も手売りしかしてないみたいなことが書いていたのを思い出したからだ。それから20年も経ってるし、ひょっとして知らない間に亡くなってたりしないだろうな?と思い、ネットで調べてみた。

なんだ、今風のホームページ http://www.tommypeoples.ie が作られてて、それによると新しいCDも出てるし(Quiet Glenもここで買えるし)著書まで出しているじゃないか!著書は€63というなかなかの値段で、半年以上も躊躇したのち、清水の舞台から飛び降りた。(こんな高い本は買ったことがない)

到着したその本はA4版382ページ、上質紙で、ものすごく重たい。2kgほどある。内容は前半がフィドルの教則編、後半が自作曲集と各曲にまつわる詳細なエピソード。譜面は時にイラストつき。掲載されたすべての譜面とイラストが著者の手描きで、写真も多数。いまどき手描きの譜面はなかなか見かけないんだが、文字も絵も譜面も几帳面な人柄をしのばせるものである。

教則編の説明は非常に詳しい。冒頭15ページを費やして楽器と楽譜の説明をした後、初心者向けの最初の曲としてThe Dawning of the Dayの譜面が出てきたと思いきや、すぐに調性に関する話が始まり(とりあえずアイルランドの音楽はキーD、G、Aくらいでいいのだが)延々と12の調性を全て説明。そこでまたDawning …の話ににもどり「読者は先ほどのわたしの際限ない話は無視して、1曲目の練習をしたことを祈る」とのコメント。わかっててやったのか、書いてて「はっ」と我に返ったのか。

まあ、ここはずっこけたけど、厳しい人柄を思わせる説明もぽんぽん飛び出す。曰く、「意味なく音符をつなげてはいけない」、悪い習慣につながる(p.23)。曰く、「ジグをこんな風に(スラーで3音ダウン3音アップ)弾いてはいけない。こんなのは農耕時代の種蒔きのフィドルだ」(p.23)。いや、厳しい。リールのよくないボウイングの譜例もあげている(p.37)。それらの意味するところは、まずは一音一弓で弾けという教えだ。そしてフレージングにはメロディがわかってから取り組むべきだ、と説かれている(p.38)。トミー・ピープルズはドニゴール・スタイルのフィドル奏者として有名だが、そのスタイルとは、一音一弓でがしがしと弾くものだ。そういう考えの裏付けがあってのドニゴール・スタイルなのだと知る。

ある評論(注2)にもある通り、写真のキャプションがなかったり(解像度がばらばらだし)章立てが整ってなかったり、上にも触れたように時に説明がバランスを欠いてたりといった、自費出版らしい問題はありつつ、教則編での教え、曲集編での逸話(著作権の争いなんてのも)などが満載で、まあフィドラーなら持ってていいアイテムと言えよう。ちなみにボウイング指示は通例の「ΠV」ではなく「VΛ」となってて面喰らうが、慣れればなんとかなるし、「Λ」がアップというのは形象的に合理的な気もする。

以上、著書の紹介をしながら、個人をしみじみ追悼してみた。R.I.P. Tommy Peoples, Happy To Meet, Sorry To Part.

(写真:著書123ページより)

<注>
1. 守安功. アイルランド大地からのメッセージ. 東京書籍, 1998
2. Verena Commins. “Review: Ó Am go hAm/From Time to Time: Tutor, Text and Tunes”. Ethnomusicology Ireland 5 (2017), pp201-205.

<音源編>
1.Amazonで売ってたりストリーミングで聴けるTommy Peoplesの作品のうち、Bothy Bandのファーストと”Matt Molloy/Paul Brady/Tommy Peoples”はいずれも他の楽器が目立つので、フィドルだけ聴きたい人には勧めない。他にPaul Bradyとのデュオ作もあるが、名手ブレイディのギターとはいえ目立ちすぎと思う。でもさすがにボシーのファーストは、アイルランド音楽の世界的ブレイクにつながった歴史的録音だけに、CDを持っていたい。

2.Tommy Peoples “An Exciting Session With One Of Ireland’s Leading Traditional Fiddlers” ‎(LP)はライブ録音で、ギター伴奏がついているものの、ほとんど無伴奏ソロに聴こえる。CD化してほしい。ストリーミングにも入ってない。最近気づいたことなのだが、フィドルという楽器は意外に音が目立たない。フルートみたいな音の柔らかそうな楽器とのデュオでも、フィドルの音より笛が前に出てくる。バグパイプなんかは言うまでもない。だからフィドルだけ聴きたいなら、無伴奏か、ギターが控えめに伴奏している作品がいい。

3.おすすめなのが自費出版のThe Quiet Glenで、こちらはご本人のウェブサイト http://www.tommypeoples.ie/the-music/ から買える。おすすめしている理由は、1998年のCDなだけにフィドルの音がしっかりわかりやすいこと、伴奏のギターが控えめなこと、そして伝統曲と自作の代表曲を収録していることから。このサイトではもう一枚、2005年のライブ盤が買える。無伴奏ソロ。客席が親密で、演奏者への尊敬まで伝わってきて、よい。

(2018.8.8;2018.12.12修正と追記)


Tommy Peoples – Waiting for a Call
Recorded “around 1985” and “in 2002.”だそう。録音の質感は様々。共演の楽器はパイプスやブズーキ等を含む。