Sonic Visualiser でアイリッシュ音楽を練習しようの巻


以前の記事で紹介したが、音源を使って練習をする場合、ピッチシフトが必要なくて、スピードの変更と選択範囲のリピート機能だけでよければ、Sonic Visualiser は最もおすすめのソフトです。スピードをかなり落としても、音がいい。

いいんだけど、日本語マニュアルがなくて少しとっつきにくい。そこで簡単な使い方を紹介してみます。本来は音響分析のソフトなんで、正しい使い方はマニュアル類を読んでください。

まずはファイルを開く(Fileメニューからでも、ドラッグ&ドロップでも)。表示範囲が狭すぎるなら、View > Zoom to Fitで音源の全体が把握できる。

図1 開いて Zoom to Fit したところ

人差し指ボタン(再生位置を指定)から矢印ボタンに切り替え、リピートさせたいところをクリック&ドラッグして、Region=リージョンつまり範囲を選択。再生を選択範囲に限定するボタンと、リピート再生のボタンを押す。


図2 Select Region したところ

とりあえずこれで準備完了。右下の方にあるツマミで、好きなスピードにして、再生。ツマミをダブルクリックすると、再生スピードが80%など数値で指定できる。

再生範囲を変えたければ、カーソルをリージョンの端に持っていくと、両方向矢印になって、クリック&ドラッグで変更できる。

次の練習のために保存したければ、次の操作を。

Edit > Insert Instants at selected boundaries で選択した最初と最後に「インスタント」(「時点」って意味か)が挿入されて「1.1」「1.2」といったラベルがつく。これをやると再生がそのラベルの位置に来るごとに「パシッ」という音が鳴るので、嫌ならスピード調整の上にあるボタンを押すと消える。


図3 「インスタント」を挿入

この時にレイヤー「4」が追加され選択状態であることに注意。これが「インスタンツ」のレイヤー。次回開いた時はレイヤー「1」が選択されてるので、「あれ?前みたいに操作ができない?」となったらレイヤー4を選択してください。

ファイル>Save Session As で適当な名前をつけて保存。.svというファイルができる。(音源が一緒に保存されるわけではない)

インスタントの位置を変えたければ、十字矢印のボタン(Edit)を押してから、インスタントをクリックしながらドラッグで移動(まず矢印ボタンで違う場所=リージョンを選択しておくこと。ここがわかりにくかった)。インスタントを消したければ、その隣の隣にある消しゴムボタン(Erase)を押してから、インスタントの上にカーソルを置いてクリック。

ところで、ファイルを読み込んだ時、デフォルトでは左右チャンネルの音量が波形で示されています。おすすめしたいのが、これにスペクトログラムのPane=ペインを追加すること。

Pane > Add Melodic Range Spectrogram > All Channels Mixed でスペクトログラムのペインを追加。画面下段がそれです。画面の右の方にある「Scale」などで表示を変更して、視覚的に見やすくします。


図4 スペクトログラムのペインを挿入

赤い部分が強い音で、大体メロディを示している。倍音や他の楽器の音も赤くなるので、ばっちりメロディが分かるとは言えないけど、感じはなんとなく分かる。なお図4では 音量波形のペインが選択されています(ペインの左端が黒くなっている)。下の図5と比べてみてください。

どうも自動でメロディ譜を作るのはなかなか難しいようです。Siriに向かってギターを弾けば何の曲か教えてくれるんだから、それくらいできるだろうと思うんだが。Sonic Visualiser にもメロディ抽出のプラグインはありますが、完全ではないと断りがついていました。

ぼくはアイリッシュ曲を覚える場合には譜面を見ない方が記憶が定着しやすいのだけど、繰り返し聴いて音をなぞるのは面倒な作業ではあるので、完コピ譜があるといいのになあと、つい思ってしまう。

さて、ここで畏れ多くもマーティン・ヘイズの演奏の分析をしてみます。The Lonesome Touchのトラック10冒頭(Rolling In The Barrel)です。表示がごちゃごちゃするので View > Show No Overlaysですっきりさせました。別途EasyABCで五線譜を作ったので、並べて図示します。


図5 マーティン・ヘイズの演奏をものすごく詳しく見る

図6 五線譜で表すとこういうメロディ

赤枠1から、主メロディの赤の上の方に同じカーブで赤い線が描かれているので、d3(レ〜)のスライドは倍音がはっきり強く出ていることがわかる。ヘイズのスライドが特徴的なのは、もしかしたら倍音と関係あるかもしれない(ないかもしれない。違う音程とか、色んな人の演奏を分析してみたらわかるかも)。

赤枠2から、BB3(シシ〜)のロールのところに見当をつけて画面上段の波形を見ると、ロールの終わりに向けて音量が上がっていることがわかる。これはある論文で書かれている (Flynn, 2010: 76) ことと合致している(そして演奏の実感にも則している)。

もっと細かくいうと、2の赤線は「〜」に横棒を引いたみたいな図形になってて、そのすぐ右の赤線(「BA=シラ」)がカクカクしている、すなわち音程変化が明瞭なのと比べると、だいぶ感じが違う。それと、このロールは上行きより下行きの音のがはっきりしていることが目視できる。他の奏者のロールと比べてみたら奏者ごとの特徴がわかるかもしれない。

こんな感じです。最後はソフトをちょっとだけ分析的に使用してみました。何かのヒントになれば幸い。

<参考文献>
Flynn, D. (2010). Traditional Irish Music: A Path to New Music (PhD thesis). Retrieved from https://arrow.tudublin.ie/aaconmusdiss/6/

p. 76 “One of the main distinguishing features of a roll, rarely mentioned in literature, is the fact that there is often a crescendo through the roll with an emphasis on the middle main note.”(これまで滅多に言及されたことがないが、ロールの際立った特徴は中央の主要音に重点を置きながらクレッシェンドすることだ)

<参考>
メロディ抽出ソフトには例えばこんなのがある。

採譜支援ソフト WaveTone (Winのみ) http://ackiesound.ifdef.jp/download.html#wt
DECODA (Mac, Win) https://sonicwire.com/product/A9044

しかし完全なメロディ譜を作れるとは言っていない。やっぱり難しいらしい。

<おすすめ音盤>

The Gloaming – The Gloaming
マーティン・ヘイズとデニス・カヒルが参加しているバンド、The Gloamingのファースト。トラック8の16分半ある長〜いメドレーに Rolling In The Barrel が登場します。このバンド、アイルランド伝統音楽ファンには不人気と聴きましたけど、ほんとなんでしょうか。メンバーは2人の他にボーカル、ピアノ、スエーデンのハルダンゲル・フィドルで、確かに伝統的な音楽ではないけど、素材は伝統音楽またはアイルランド語詩だし、いいと思うけどなあ。ジャケットだけでも「買い」ですね。ピアノのトーマス・バーレットはサム・アミドンの初期の音楽パートナーだったとか。